菌根菌中毒
ランの菌根菌データベース
ランの種ごとにどの菌根菌と共生しているのかという情報をこのページにまとめている。しかし、27000種以上が存在すると言われるラン科植物の中で（Christenhusz and Byng 2016）、菌根菌が調べられている種はほんの数%ほどであろう。また、最近まで温帯の地生ランに知見が偏っており、熱帯のラン、特に着生ランの研究はかなり遅れていた。ランの菌根菌に関するデータは膨大であるが不完全で、しかも常に新しい情報が発表され続けている。よってこのページが完成する日は一生訪れないであろう。
このページを見に来る読者のほとんどが、共生する菌根菌がどのような特徴を持つのか、共生する菌根菌を知ることで何が分かるのかに興味があるであろうと推察する。かなりおおざっぱに言えば、リゾクトニア様菌類と共生するランは独立栄養性で、外生菌根菌や木材腐朽菌と共生するランは菌従属栄養性である。そして、菌従属栄養性のランは栽培非推奨である（例外もある）。葉緑体を持たないラン、例えばオニノヤガラ、タシロラン、マヤラン（実は少し葉緑体を持つ）等は今のところ例外なく外生菌根菌か木材腐朽菌と共生する。加えて、葉緑体は持つが菌従属栄養性を持つ（部分的菌従属栄養性）、キンラン属やオオバノトンボソウ、サイハイラン等は外生菌根菌や木材腐朽菌のどちらかか、どちらか+リゾクトニア様菌類と共生する。対してリゾクトニア様菌類のみと共生するランは独立栄養性であるとよく言われている。Goodyera repensやSerapias strictifloraは光合成産物を菌に渡しているという報告もあり（Cameron et al. 2008; Latalova and Balaz 2010）、ランが菌に（炭素に関しては）ほとんど頼っていないと考えるのが一般的であるように思う。
一方、リゾクトニア様菌類と共生する草原性の地生ランに、部分的菌従属栄養性を持つ種が存在することが示唆されている（Girlanda et al. 2011; Gabauer et al. 2016）。また、コオロギランやリュウキュウカイロランは、リゾクトニア様菌類であるSerendipita属菌やRhizoctonia属菌と特異的に共生するが、部分的菌従属栄養性である（Suetsugu et al. 2021a; Yagi et al. 2022）。加えて、リゾクトニア様菌類と共生するコアツモリソウでアルビノ個体が見つかったことからも、リゾクトニア様菌類も十分な炭素をランに与えることが出来ることが示唆されてる（Suetsugu et al. 2021b）。要するに、葉が小さいラン、地下部が貧弱なラン、暗い林床に生育するランなどには、リゾクトニア様菌類から多くの炭素を受け取っているものがいることが分かってきた。次なる課題は、リゾクトニア様菌類と共生するランの中で菌従属栄養性が一般的であるかであるが、この課題を解決するには、単に安定同位体比を測るだけではなく、植物と菌間の双方向の炭素収支を考える必要があると筆者は考える。この点はまだあまり研究が進んでおらず、未解決な点（菌がランと共生することで利益を得ているのかという点も含め）である。
リゾクトニア様菌類とは、ランの菌根菌に関していえば、Tulasnella属菌、Rhizoctonia属菌、Serendipita属菌の3属菌を表す。多くのラン科植物はTulasnella属菌とRhizoctonia属菌と共生する。ヤクシマラン亜科のランがBotryobasidium属菌とも共生することから、ラン科の祖先はアンズタケ目の基部の菌と共生する能力を獲得したと考えられる（Yukawa et al. 2009）。それらとは系統が異なるSerendipita属菌と共生するランは比較的少なく、派生的な形質といえるだろう。また、リゾクトニア様菌類と共生するランがAtractiellalesに属する菌と共生する例もある（Kottke et al. 2009; Qin et al. 2019）。Atractiellalesに属する菌は腐生菌と考えられているが、ランとの共生に関する生態はほとんど研究されていない。
ランと共生する外生菌根菌はRussulales（Russula属やLactarius属）、Thelephorales（Thelephora属やTomentella属）、Sebacinaceaeのメンバーが多い。また、Rhizoctonia属には2系統の外生菌根菌が存在しており、そのうちの1系統とはRhizanthella gardneriやオオバノトンボソウ、ヤクシマラン、ヒメノヤガラ等が共生している。Tulasnella属にも複数系統の外生菌根菌が知られており、レブンアツモリソウが共生している。ただし、Tulasnella属の外生菌根菌には培養できるものがあり、かなりの腐生性を持っていることが伺える。対してRussulalesやThelephorales、Sebacinaceae、Rhizoctonia属の外生菌根菌は通常の方法では培養できない。ランと共生する木材腐朽菌はCoprinellus属やMycena属、Armillaria属、Marasmius属等が知られている（Ogura-Tsujita et al. 2021）。これらの菌類のTrophic modeに関してはできる限り備考に記載した。
菌根菌の表記に関しては参考文献の記載通りではなく、筆者によって書き換えてあるものが多い。また、種名がつけられそうなものについては可能な限り種名で表記した。ただし、ランの菌根菌の種の認識や区切りに関してはまだ未解決な部分も多いため、厳密さを求めるならば参考文献を参照されたい。また、筆者はTulasnella属とRhizoctonia属以外の菌の分類に関しては詳しくないため、情報の精度は落ちる。Tulasnella属菌に関しては種名とRammitsu et al. (2021)の4グループのどれに属するかを、Rhizoctonia属菌に関しては、種名または菌糸融合群（外生菌根菌の場合はEcM1かEcM2）と、Veldre et al. (2013) の6クレードのどれに属するかを記載した。ちなみに、Oberwinkler et al. (2013) に従い、従来のThanatephorus属とCeratobasidium属（C. calosporum を除く）を合わせてRhizoctonia属と呼ぶことにしている。ランの分類に関しては Chase et al. (2015) を、和名と学名に関してはYlist等を参照した。
各種の菌根菌の参考文献の詳細はスペースの関係上示さない。よって、読者自身で調べていただくか、Profileから筆者に問い合わせて欲しい。また、内容に疑問点がある場合も気兼ねなく問い合わせていただきたい。
参考文献
・Cameron, D. D., Johnson, I., Read, D. J., & Leake, J. R. (2008). Giving and receiving: measuring the carbon cost of mycorrhizas in the green orchid, Goodyera repens. The New Phytologist, 180(1), 176–184.
・Chase, M. W., Cameron, K. M., Freudenstein, J. V., Pridgeon, A. M., Salazar, G., van den Berg, C., & Schuiteman, A. (2015). An updated classification of Orchidaceae. Botanical Journal of the Linnean Society. Linnean Society of London, 177(2), 151–174.
・Christenhusz, M. J. M., & Byng, J. W. (2016). The number of known plants species in the world and its annual increase. Phytotaxa, 261(3), 201–217.
・Gebauer, G., Preiss, K., & Gebauer, A. C. (2016). Partial mycoheterotrophy is more widespread among orchids than previously assumed. The New Phytologist, 211(1), 11–15.
・Girlanda, M., Segreto, R., Cafasso, D., Liebel, H. T., Rodda, M., Ercole, E., Cozzolino, S., Gebauer, G., & Perotto, S. (2011). Photosynthetic Mediterranean meadow orchids feature partial mycoheterotrophy and specific mycorrhizal associations. American Journal of Botany, 98(7), 1148–1163.
・Kottke, I., Suárez, J. P., Herrera, P., Cruz, D., Bauer, R., Haug, I., & Garnica, S. (2009). Atractiellomycetes belonging to the “rust”lineage (Pucciniomycotina) form mycorrhizae with terrestrial and epiphytic neotropical orchids. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, 277(1685), 1289–1298.
・Látalová, K., & Baláž, M. (2010). Carbon nutrition of mature green orchid Serapias strictiflora and its mycorrhizal fungus Epulorhiza sp. Biologia Plantarum, 54(1), 97–104.
・Oberwinkler, F., Riess, K., Bauer, R., Kirschner, R., & Garnica, S. (2013). Taxonomic re-evaluation of the Ceratobasidium-Rhizoctonia complex and Rhizoctonia butinii, a new species attacking spruce. Mycological Progress, 12(4), 763–776.
Ogura-Tsujita, Y., Yukawa, T., & Kinoshita, A. (2021). Evolutionary histories and mycorrhizal associations of mycoheterotrophic plants dependent on saprotrophic fungi. Journal of Plant Research. https://doi.org/10.1007/s10265-020-01244-6
・Qin, J., Zhang, W., Ge, Z.-W., & Zhang, S.-B. (2019). Molecular identifications uncover diverse fungal symbionts of Pleione (Orchidaceae). Fungal Ecology, 37, 19–29.
・Rammitsu, K., Kajita, T., Imai, R., & Ogura-Tsujita, Y. (2021). Strong primer bias for Tulasnellaceae fungi in metabarcoding: Specific primers improve the characterization of the mycorrhizal communities of epiphytic orchids. Mycoscience, advpub.
・Suetsugu, K., Haraguchi, T. F., Okada, H., & Tayasu, I. (2021a). Stigmatodactylus sikokianus (Orchidaceae) mainly acquires carbon from decaying litter through association with a specific clade of Serendipitaceae. The New Phytologist. https://doi.org/10.1111/nph.17523
・Suetsugu, K., Yamato, M., Matsubayashi, J., & Tayasu, I. (2021b). Partial and full mycoheterotrophy in green and albino phenotypes of the slipper orchid Cypripedium debile. Mycorrhiza, 31(3), 301–312.
・Veldre, V., Abarenkov, K., Bahram, M., Martos, F., Selosse, M.-A., Tamm, H., Kõljalg, U., & Tedersoo, L. (2013). Evolution of nutritional modes of Ceratobasidiaceae (Cantharellales, Basidiomycota) as revealed from publicly available ITS sequences. Fungal Ecology, 6(4), 256–268.
・Yukawa, T., Ogura-Tsujita, Y., Shefferson, R. P., & Yokoyama, J. (2009). Mycorrhizal diversity in Apostasia (Orchidaceae) indicates the origin and evolution of orchid mycorrhiza. American Journal of Botany, 96(11), 1997–2009.